[名所旧跡案内] −三ノ岳(水の元)−  戻る

・犬飼町長谷のシンボル 三ノ岳
(水の元)三ノ岳山上にあって清水がわき、かんばつにも絶えたことがない。
(尺間様)水の元の山上にある。晴れた日には、郡内は勿論、大分市や臼杵方面の 海まで望める。信者は、三ノ岳以外にも多い。縁日は別に決まっていないが、参る人 は多かった。盆と正月には三ノ岳の人が掃除をし、おかざりを供え、お花をあげている。 石段は信者が一つ一つ運んで寄進したものである。
 [水の元の詳細な説明]
 三岳部落の南端は大野郡と大分市の境界となっている。その境界の50m程手前に水の元と いう小高い丘がある。この山の標高は548mで犬飼町では一番高い山である。
 この水の元については、昔から大変有難い伝説がある。時は大同元年(806)で今から1177年前 の話である(一説には(805)とも云う)、弘法大師が巡礼の折、水の元に来た大師は、出逢わせた青年に 水を求めたところ、青年は心よく引受け三岳の下の谷川の水を竹筒に入れ息せき切って山をかけ登ってきて 大師に差し出した。大師は非常に喜んで水を飲んだが、 青年にむかってこの地に水がないのは不便であろう。わしが井を掘ってやろうと、頂上から50m下のくぼ 地に金剛杖で二つき三つきつくと、清水がこんこんと湧き出てきた。以来この地に水の切れることは全くな い。そのためこの地を水の元と呼ぶようになった。
 標高548mの頂上に水が出るようになって三岳の人の喜びは申すに及ばず、長谷の村人はこの 水を佛の水として崇め、千年以上も続いて来た。そして夏の水飢饉になれば村人が薪をもってこの地に集ま り大火をたいて雨乞いの祈願祭をしていた。この雨乞いの祈願祭も昭和9年以来は絶えているという。
 今水の元には昭和52年車道ができ、1屯のトラック程度は自由に通行できるようになり長谷の 景勝地として脚光をあびるようになった。特に正月元日には若い人が車で何十台も乗りつけ、朝の御来光を拝 む人が多くなった。駐車場も整備され沿道の両側には三岳部落の人の厚意による櫻並木が植付けられ、 10年も経てば桜の名所として人々の目を楽しませてくれることでしょう。

[出典:長谷の里生活誌(犬飼町長谷老人会 昭和58年3月発行)]
(補足):現在三ノ岳地域には居住者は居ません。
(追記):令和4年3月に「教育文化推進部会」にて小冊子「三ノ岳の記録」を発行して長谷地区の全世帯に配布しました。
その内容は当HPに記載しています。